親父の一番長い日 1・ タキシード

 あちらのお父さんが「先に着替えましたよ。どうぞ」と声をかけてくださって、自分もタキシードに着替える。お父さん、もともとおしゃれなんだけど、タキシードも何かいい雰囲気に着こなしてるなぁと感じた。

 「ビシッと決めて、ほどよい緊張を楽しんで‥‥」という知人のツイートに朝から少し勇気づけられていたからか、実は自分もけっこういけそうな気がしてたんだよね、ふ‥‥。
 さぁビシッと決めた勇姿をイメージして壁一面の鏡を見るのです。が、これ誰だっけ、テレビに出る誰かを思い出しそうなんだけど出てこない。残念だけどどこかビシッと決まらなかった‥‥。
 まぁいい。着替えたところで少しあいさつの練習しておこうと、控室に戻ってポツンとぶつぶつつぶやいてみたりする。だいたいさ、この両家代表挨拶ってどのタイミングでやるんだか知らされていないのだ。普通最後でしょうと友人は言うけれど、オレは先にやったよと言う人もいる。あえてそれを言ってこないところに不安があり緊張を誘発するのだ。

 やがて親族も少しずつ集まってくる。そして間もなく受付を始めますとスタッフが告げていった。そうだそうだ受付をお願いした若者たちにまずはお礼というかあいさつしてこなければと向かう。笑顔の彼ら、うん間違いなさそうだと一安心。
 と、その近くのソファから、新郎の父を冷やかす声が聞こえてくる。例のおじさんおばさん組だ。もう来てたのか‥‥。

  おぉ、ひろまるくん似合うねぇ。
  馬子にも衣装じゃね?
  っていうかさぁ、あの人に似てない?

 あの人って誰だ‥‥。ひょっとしてさっきから自分で思い出せないその誰かのことなのか。

  ほらほら、まじつしの‥‥
  まじつし?
  ま・じゅ・つ・し、魔術師!っていうかほら、マジックやる人‥‥いるじゃん。

 あぁそうだ、マギー司郎だとオレは自ら悟ったのだ。それが出てこなかったのだった。

  あぁ〜、あの人、似てるかも。
  わかった、わかった。手品のな。

 とか何とかもう爆笑してやがる。
 メガネ、くちひげ、ズボンの裾もやや長め、ビシッ!ではなくゆったりタキシード、そして極めつけはなまりだ。
 彼も東北がど思ってだげど、そうでなぐ茨城だって聞いで、なまり具合が何だがフイットするし、他人でねぇみでだなぁど、思ってはいだったの。
 そうだ、マギー司郎、あんた正解だよと思ったね。

 でもそしたらさ、少なからず緊張して気も張ってたんだけど、それでスーーーっと肩の力が抜けたような気になって、周りのお客様の顔もよく見えるようになって、いやぁありがだがったよぉ。