あしあと

 雪の朝、森の中に入っていくのが何よりの楽しみだ。
 必ずと言っていいほど動物の足跡があって、ちょっと前、ずいぶん前かも知れないけど、ここを誰がどうやって歩いていったのだろうとか、そのストーリーをあれこれ思い描いてみるのが楽しいのだ。

 雪がその物語のキャンバスを作っているのだけれど、雪自身もその足跡を残している。風に吹かれて落ちたり、溶け出し雨だれになってできた小さな目が、何かを語りかけてくるような気がするのもおもしろい。

 人の足跡しかない場所。右端から、左の方から、真ん中から、同じ方向にだけ向かっていて、まだ反対側には向いていない。物語の始まりはまぁそんなものだ。
 なんて思いながら、自分も足跡を残しながら、ストーリーを膨らませながら、とぼとぼと歩いていく。人と動物がいっしょになる。街に出る‥‥。

 人も動物も、自転車もクルマも、みんなが道を通っていく。だから時が経てばまぁ複雑になり、思い描いていたストーリーはもうすっかり破綻してしまう。それが世の中ってもんさ‥‥なんてもう物語はどうでもよくなってしまうのだ。

 ここにだってストーリーはあっただろうに、最後は力の強いヤツがゴリゴリとそのストーリーをかき消してしまうのかも。何だかもったいないなぁと思う。ちょっと心残り。

 白い足跡、黒い足跡、タイヤも白かったり黒かったり。あぁでもクルマはここで止まったんだ。この場所にある不思議なタイムラグ。いったい何があったのか、また別の物語が始まりそう。定点カメラのように追ってみたいものだ。

 その時は同じだったんだろうけど、あとでササッとかいてみると、白と黒とが逆転してしまうんだなぁ。白だと思っていても実は黒だった。黒だとばかり思っていたのに白だった。
 いずれにしても日が差せばまた全てが消えてたぶん黒になってしまう。でも雪はまた真っ白なキャンバスを用意してくれる。

 雪が足跡に気づかせてくれる。歩き出さないと何も始まらない。走り出さないと思うようには進んでいかない。振り向かないと足跡は見えない。
 見えないけれど、実は雪がなくたって、動き出せばそこに足跡は必ずつくもの。

 足跡には重なりがあるもの。一歩一歩は一段一段になる。今朝は人生の物語を考えさせられるような、いろんな足跡が目についたなぁ。
 動物の物語はどこかですっかり忘れてしまったけれど、動物も人も、その一歩で見えた次の世界が積み重なって自分のドラマが見えている。自分にしか見えないドラマだ。理屈じゃなくて行動、動き出さないと豊かな人生にはならないんだよなぁ。